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大阪地方裁判所 昭和55年(行ウ)86号 判決 1981年7月28日

原告 井上鶴彦 外三名

被告 村野利三

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら(請求の趣旨)

被告は、大阪市に対し、金二億〇、六七八万〇、二〇〇円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

(一)  原告らは大阪市大正区の住民である。

(二)  被告は、大阪市都市再開発局大正土地区画整理事務所長(以下事務所長という)であり、大阪都市計画事業大正地区復興土地区画整理事業(以下本件事業という)の施行者である大阪市長(以下市長という)を補助するものであるが、事務所長として、大正地区土地区画整理審議会(以下審議会という)に提出すべき仮換地指定等の議案の内容を決定したうえ、これを審議会に提出して審議を求め、補償金の交渉をし、その結果に自己の意見を附して市長又は大阪市都市再開発局長(以下局長という)に具申することが主たる職責である。そして、被告の意見のとおり仮換地指定等の処分がなされるのが実情であるから、このような実情からみると、被告に仮換地指定等の権限が附与されたと同視できる。

また、被告は、本件事業の施行に必要な権限と責任が附与されている(甲第五号証)。

(三)  ところで、被告は、別紙物件目録記載の一ないし四の各(一)の従前の土地(以下本件従前地という)について同目録記載の一ないし四の各(二)の土地(以下本件仮換地という)をその仮換地として指定することを内容とする仮換地指定案(以下諮問案という)を審議会に諮問し、審議会は、昭和五五年二月一九日、これを否決し、その旨の答申をしたにもかかわらず、被告は、市長に対し不当な具申をして、市長をして諮問案どおりの仮換地指定処分をさせ、次いで右土地の占有者である訴外東海運輸株式会社及びその関連グループや訴外淀川左岸水防事務組合ら(以下占有者という)との間で補償金二億〇、六七八万〇、二〇〇円の営業補償及び移転補償を内容とする補償契約を締結させ、昭和五五年七月九日までに金一億八、一七三万八、二〇〇円の支払をさせた。

しかし、西側部分を未指定とする本件仮換地をせずに、西側から仮換地指定をして、建物の存在する西側は現状維持の増換地をすれば、本件仮換地のため右補償金を支払う必要がなかつたから、被告は、不要の補償金の支払をすることにより本件事業(大阪市)に金二億〇、六七八万〇、二〇〇円の損害を与えた。

(四)  そこで、原告らは、昭和五五年六月八日、大阪市監査委員に対し地方自治法二四二条一項に基づく住民監査請求をしたところ、同委員は、同年八月二六日、原告らに対し右監査請求は理由がない旨の監査結果を通知した。

(五)  しかしながら、原告らは、右監査結果に不服があるので、地方自治法二四二条の二第一項に基づき、被告に対し請求の趣旨第一項掲記の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)のうち、被告が事務所長であり、本件事業の施行者である市長を補助するものであることは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同(三)のうち、諮問案が審議会に諮問されたこと(但し、諮問者は市長である)、審議会がこれを否決したこと、諮問案どおりの仮換地指定処分がなされたこと、大阪市と占有者との間で原告ら主張の補償契約が締結され、昭和五五年七月九日までにその内金として金一億八、一七三万八、二〇〇円が支払われたこと、以上のことは認め、その余の事実は否認する。

(四)  同(四)の事実は認める。

三  被告の主張

(一)  本件訴訟は、地方自治法二四二条の二第一項に基づき住民たる原告らが大阪市に代位して被告に対し損害の補填を請求するものであるが、右の損害補填の制度は、同法二四二条一項所定の普通地方公共団体の執行機関又は職員が同項所定の一定の財務会計上の事務を自己固有の職務権限に基づくものとして処理したのにこれが違法であつたため、これにより当該地方公共団体が損害を被つた場合、その事務を処理した当該執行機関又は職員をしてその損害補填の責に任ぜしめることを目的とする。したがつて、右の執行機関または職員が自己の固有の職務権限に属するものとして特定の事務を処理するに際し、単にこれを補佐ないし補助すべき地位にあつたものは、右の損害補填の責任を負担すべきいわれはない。

原告らは、本件訴訟において、本件仮換地指定あるいは補償金契約が不当であるとしてこれにより生じた損害の補填を被告に求めているが、仮換地の指定及び補償金契約締結の権限はいずれも市長にあり、被告は、市長が右権限に基づき本件仮換地指定をし、本件補償金契約を締結する(但し、本件補償金契約は大阪市契約規則に基づき市長の委任を受けた局長が市長の決定した金額によりこれを締結した)に際し、事務所長としてその補助機関の地位にあつたに過ぎない。したがつて、本件仮換地指定あるいは補償金契約が違法であるか又これにより損害が生じたか否かを論ずるまでもなく、単なる補助機関である被告に対する本件請求は失当である。

(二)  原告らは、本件仮換地指定処分について、行政不服審査法に定める不服申立も行わず、行政事件訴訟法に定める取消訴訟の提起もしていない。したがつて、本件訴訟においては、右処分が有効な処分として存在することを前提としたうえで、本件補償金の支出自体の違法性が主張されなければならない。

しかし、原告らは、右処分が不当であると主張するのみで、本件補償金の支出自体の違法性については何ら触れるところがないから、原告らの主張は、失当である。

仮に取消訴訟を経由することなく右処分の違法であることを主張しうる場合があるとしても、それは処分の不存在、処分権限の欠缺その他処分の無効をきたすべき重大かつ明白な瑕疵がある場合に限られるものといわねばならないが、本件にはそのような瑕疵がない。

(三)  本件補償金契約の対象となつた建築物等があつた本件従前地についての本件仮換地指定処分は適法であつて、何ら違法不当の謗りを受くべきいわれはない。

原告らは、泉尾南附近一ブロツクの西端部分に寄せて内務省の仮換地を指定すべきであり、これによつて補償金の支払をさけ得たと主張するが、かゝる仮換地指定(以下想定仮換地案という)をした場合には、従前地との照応性を欠くことになるので、想定仮換地案は、採用できないものである。

(四)  更に、仮に想定仮換地案を採用して仮換地指定をしたとしても、地積の変動に伴う仮換地の利用状況の適正化、防潮堤の建設工事等のため、結局、本件仮換地指定の場合と同様の建築物等の移転を要することとなるのであつて、これに伴い本件補償金と同額ないしこれを超える額の損失補償金を同じ相手方に支払うこととなる。

したがつて、本件補償金の支出が想定仮換地案を採用すれば避けえた損害であるとする原告の主張は、理由がない。

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求原因(一)の事実、同(二)のうち被告が事務所長であり、本件事業の施行者である市長を補助するものであること、同(三)のうち諮問案が審議会に諮問されたこと(但し、被告が諮問したとの点は除く)、審議会がこれを否決したこと、諮問案どおりの仮換地指定処分がなされたこと、大阪市と占有者との間で補償金二億〇、六七八万〇、二〇〇円の営業補償及び移転補償を内容とする補償契約が締結され、昭和五五年七月九日までにその内金として金一億八、一七三万八、二〇〇円が支払われたこと、同(四)の事実、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二  ところで、本件訴訟は、地方自治法二四二条の二第一項に基づき住民である原告らが大阪市に代位して被告に対し損害の補填を請求するものであり、その内容は、本件仮換地指定あるいは補償金契約が不当であるとしてこれにより生じた損害の補填を求めているものである。

右損害補填の制度は、同法二四二条一項所定の普通地方公共団体の執行機関又は職員が、同項所定の一定の財務会計上の事務を自己固有の職務権限に基づき、違法に処理したため、これにより当該地方公共団体が損害を被つた場合、その事務を処理した当該執行機関又は職員をして当該地方公共団体に対しその損害補填の責に任ぜしめることを目的とするものであるから、損害補填の責に任ずる者は、職務権限のある者であつて、職務権限のある者を職務上補助する者は該当しないと解するのが相当である。

三  そこで、被告の具体的な職務権限について検討する。

(一)  前記争いがない事実や成立に争いがない乙第一ないし第六号証、証人渡辺茂了の証言を総合すると次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(1)  大阪市には、市長の権限に属する事務を分掌させるための局の一つとして都市再開発局が置かれており、同局は、土地区画整理事業その他都市の再開発事業に関する事項を分掌事務としている。

そして、同局の下に都市改造部があり、大阪市大正土地区画整理事務所は、同部に所属している。

(2)  仮換地の指定処分をする権限は市長にあるが、局長等専決規程(乙第四号証)により都市再開発局長に専決権(内部的な決裁の権限)が与えられているところ、本件仮換地の指定処分は、局長が専決権に基づいて決裁をし、市長の名でこれを行つた。

(3)  契約規則(乙第六号証)により本件のような契約を締結する権限は、主管局長に委任されており、局長等専決規程により移転補償その他損失補償の額の決定につき局長に専決権が与えられているところ、本件補償金契約は、局長が専決権に基づいて補償金額の決裁をし、契約を締結した。そして、補償金の支払は、同局再開発部庶務課長が専決で支出命令書を発行して行つた。

(4)  大正土地区画整理事務所の所長は、課長と同格になるが、市役所課長専決規程(乙第五号証)中には仮換地の指定処分や補償金契約につき課長に専決権を与える条項がなく、局長等専決規程二五条には局長の専決事項の一部を課長等に専決させることができる旨の定めがあるが、本件仮換地の指定処分及び本件補償金契約に関して局長が被告に専決権限を移譲したことはない。

(5)  被告は、事務所長として、専決権限のある事項以外は、局長の補助者にすぎず、決裁案を起案し、決裁を得たものに基づいてその執行にあたるにとどまる。

なお、弁論の全趣旨によつて成立が認められる甲第五号証によると、都市再開発局再開発部庶務課の審査係長が原告らに対し、本件事業に関し被告に事業施行に必要な権限と責任が附与されている旨の回答をしたことが認められるが、右回答は、被告が事業所の運営について所員の指揮監督を行い、また、事業案の決裁の起案を行うということであつて、制度上も所長に事業施行に必要な権限と責任が附与されているという意味ではないことが証人渡辺茂了の証言によつて認められるから、右甲号証は前記認定を左右するものではない。

(二)  以上認定の事実によると、被告は、本件仮換地指定処分や本件補償金契約につき自己固有の職務権限のないことが明らかである。

(三)  原告らは、被告は自己の意見を附して市長又は局長に具申することが主たる職責であり、被告の意見のとおり仮換地指定等の処分がなされるのが実情であるから、被告に仮換地指定等の権限が附与されたのと同視できると主張しているが、決定につき職務権限をもつことと、意見を具申することには、質的な相違があつて同視できないから、原告らの右主張は、主張自体失当である。

(四)  まとめ

被告は、本件仮換地指定処分及び本件補償金契約を締結するについて全く職務権限がない。

四  むすび

原告らの本件請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 古崎慶長 孕石孟則 浅香紀久雄)

物件目録<省略>

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